~ Je te vuex ~3





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岬の家に遊びに行った日から、1ヶ月が過ぎた。
表面上は何も変わらず普通に過ごしていた日向だったが、あの日からずっと       正しくは岬のアパートから戻ってきて反町を部屋に迎え入れたあの時からずっと、考え続けていることがある。


          もしかしたら岬にとって、本当に俺は遊び相手なのだろうか・・・?

その思考は、自覚するよりも深く日向のことを打ちのめした。

反町に見せられた写真では、どの相手も岬の腰を抱いたり、肩を抱いたりしていて、とても仲が良さそうに見えた。

もしも岬にそのことを問い質したとして、それが自分たちが今の関係になる前の話なら最早どうでもいいことであるし、たとえ現在も続いているというのであっても、岬が日向のことを少しでも好きだというのなら、日向は岬を諦めるつもりはなく、その誰かと闘おうと思う。
男だったら、好きな人を手に入れるのに闘うのは当たり前だ。

だが、岬が自分よりも、その誰かの方が大事だというなら           本命はその男で、日向の方こそ遊びだというのなら      潔く諦めるのが岬のためでもあるだろう。

結局大事なのは、岬がどう思っているかなのだ。
だけど          

「・・・嫁って。嫁って一体何なんだよ・・・」

気がついたら 『僕の嫁は可愛い』 と、岬がじゃれて抱きついてくるようになっていた。

さすがに嫁呼ばわりには当初、幾度か抵抗を試みた筈だ。だが結果は何も変わらなかった。要は無駄に終わった、ということだ。もしかしたら、岬は抵抗されたとも感じていなかったかもしれない。
所詮、日向は昔から岬には弱いのだ。それで岬がいいのなら、別にいいか・・・とどこかで思っているから、流される。


それでも、『嫁』と呼ばれることに弊害が無いわけではなかった。

日向は初めて若林に対面した時のことを思い出す。果たし状を叩きつけるようにして日向から名乗ったというのに、若林は暫く何かを思い出すような顔をしてから「・・・岬の嫁か!」とのたまったのだ。
その後「あいつ、こーゆーのが好みか。へえ~。確かに美人」などと無遠慮にジロジロと日向の顔を見るので、馬鹿にされたのかと腹が立った日向はとりあえず一発、思いっきり若林の脳天に拳骨をお見舞いした。
その躊躇ない腕の振り抜き方が若林としてはツボだったらしく、以降執心されるようになったのは当時の日向の完全な誤算だ。

翼の場合も同様だった。その殴り込みをかけた南葛SCに岬がいたのは驚いたが、久しぶりの再会に嬉しくなって胸を躍らせて「岬!」と声をかけたのだ。だが当の本人には嫌そうな顔をされたうえに、翼に「えー、岬くん、誰?この子。・・・・もしかして、君の嫁っていう子?」と誰何された。笑顔なのに目が笑っていなくて、日向は正直、怖かった。後で岬から「翼くんとは出来るだけ二人にならないで」と忠告されたが、その意味は後々嫌になるほど身に染みた。

そんな害を乗り越えてでも、岬が日向に 『嫁』 でいて欲しいというなら、日向としてはそう在ろう・・・と、多少一般常識からズレていることを自覚しつつも、最終的には覚悟を決めて、『嫁』 と呼ばれ続けることを良しとしたのだ。

だけど・・・・と、日向は考える。

嫁って何だ。
嫁ってどういう立ち位置なんだ。
嫁って、あいつに 『浮気しやがって』 と責める権利があるものなのか        ?

嫁とはいっても、本当に結婚している訳でも、できる訳でもないから、要は冗談だろう。
冗談っていうことは、嫁って関係はチャラってことだろう。何でもない間柄ってことだ。友人やライバルではあるかもしれないけれど      。

そんな風に考えて、日向はある一つのことに気がつく。

「・・・恋人、ですら、ないんだもんな。」

そうだ。
やることやってたって、嫁なんてふざけた関係を解消してしまえば、自分たちは恋愛関係ですらない。これじゃあ、反町に 『セフレ』 と言われたって仕方が無いじゃないか。
じゃあ、どうするか。普通の友人に、ライバルに戻ろうといったって、そんなこと今更できるのか。俺はあいつを切れるのか        。

そこまで行き着くと、日向の思考は止まってしまう。

小学生のときから人当たりが良くて、誰からも好かれていた岬。いつだってにこにこと笑顔を振りまいているのに、家に帰れば一人ぼっちで、寂しい寂しい、と口に出さずとも訴えていた、小さな子供。

日向はできるならば、あの頃の岬を思い切り抱きしめてやりたいと思う。妹や弟にするように、細くて頼りない身体をギュっと抱いて、背中をトントンとあやして、望むのなら傍にいると伝えてやりたかった。勿論、過去に今の自分が戻って・・・などあり得ないから、夢物語だ。

だけど本当のところは、今の高校生になった岬のことだって、日向は抱きしめて温めてやりたいと思っているのだ。


そんなアイツを、俺は切れるんだろうか           。


それはやはり、写真の男たちについて自分が問うたときの、岬の返答次第だろう・・・と日向は思う。







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